制限時間

俺の中に湧きだした蛆虫。

そいつを一匹また一匹と見つけては、潰した。 潰すたびに粘りのある白濁した液体が飛び散って、皮膚に絡みつく。

『俺は何をしてるんだ?』 『俺は誰の為に何をしようとしてるんだ?』

それを消すために、潰す。 何度も、何度も。

はっと気付いて、振り返る。 すると蛆虫は何倍にも増えていて、こっちを見つめながら言うんだ。

「おまえが潰そうとしているのは、おまえ自身なんだよ」

2005年1月9日

既に家族は、店を俺が継ぐ為の具体的な準備に取り掛かっていた。 いや、正確には俺が継ぐための準備ではない。

自分たちが抜けるための準備。

つまり、自己破産を受けるための処理。 そして俺が引き継ぐ為の申請を待っている。 1月17日に監査が入る。 その日から、店に立ち続ければならない。

あれ程までに追い詰められていた家族。

だが、本気で仕事をしようとしている人がいない。 それどころか、全て投げ出して遠くで見てるだけだった。

親父は趣味の物書きを始めたし、姉と母はパチンコに行っていた。 あとで人に聞いた話だけれど。

俺が提出した資料。 提案。 それらの殆どは無視されつづけた。

俺は依然として迷っていた。 自分の中の疑念が、一度たりとも消える事は無かった。 むしろ、増えてきている。

俺は、彼女と親友と統括責任者に相談を持ちかけ、全てを話した。 そして、俺のやるべきことに気が付いた。

荷物をまとめて出て行くこと。 家族を捨てるという事。

そして、自分の人生を選ぶという事。

2005年1月10日

まずは部屋を探さなければならなかった。 勿論、店で働きながら探さなければならない。 残された時間はあと一週間。 このうちに、次に住む場所を確保しなければならない。 誰にも知られないように。

しかしこれは、一番困難な作業となった。 一軒目では、完璧に見透かされた。 絶対に貸して貰えない雰囲気だった。 保証人のいない人間に、部屋を貸す不動産屋なんていやしない。

正直に話してはいけない、そう思った。

あと6日。 その日は週の中盤で、殆どの不動産屋が休みだった。 毎日のように通る細い道路沿いに、一軒、古い建物の不動産屋があることに気づいた。

木造のこじんまりとした個人の不動産屋。 中から出てきたのは気の良さそうな、体格のいいおばさんだった。 その人は・・・なぜかとても親身に話を聞いてくれた。 ふと気付いたら、嘘は話せなくなっていた・・・。

幾つかのアパートを見て回った。 正直言って、値段も広さも古さも納得いくものではなかった。

しかし俺には時間が無い。

最後に教えてくれた物件。 もう、フィーリングで決めた。 部屋を見たその日に、契約書を書き上げた。

夜、クレジットカードのATMで金を20万借りて、封筒に詰めた。 早く鍵がもらえるようにと、祈るような気持ちだった。 今度はうまく行きますように。

残りあと5日。 俺は部屋を決める一方で、これから先に進む事に躊躇していた。

本当にそれで良いのか。 俺のとるべき行動は一体何なのか。

おとなしく継ぐべきなんじゃないだろうか? 家族を背負っていくべきなんじゃないだろうか?

たとえ借金が返しきれなくても、俺に全ての責任が降りかかっても、家族だから。 家族だから、それが「するべき事」なんじゃないのか?

俺は家族に対する最後の提案を考えた。

店を閉めること。

家族全員が安心して、共に暮らしていく方法。

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【 二十五ノ夜 】
ChaosBoy

テーマは「脱・思考停止」。
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