泡
子供の頃に作った砂場のお城。 夢中になって暗くなるまでやってた。
次の日に砂場にやってくると、その姿は無くなっている。
風が吹いたからだろうか? それとも雨が降ったから?
古びた材木の枠を嵌められた砂場に近寄る。 そして、立ち尽くす。
崩れた城。 そして足跡。
2005年1月5日。
受話器を握る手が震える。 いつだって、電話は嫌なものだ。特に断りを告げる電話は。
以前に決まった、映写技師の契約社員。 もはや行けなくなってしまった。 これからはまた、あの生活に戻るんだ。
相変わらず暗く、陰鬱な灰色の空が続いていた。
俺が負うべきもの。 親父たちが破産しても残る、店舗の負債3000万円。 親父が個人的に貸してもらった人々への返済2000万円。 俺と姉の個人名義での借入金450万円。
そして、家を一度手放したあと、俺が融資を受けそれを買い受ける。 そのおおよその融資額(家の値段)2000万円。 俺が全ての返済する為に必要な金は、約8000万円にも上っている事に気付いた。
姉は言った。
「あと5年頑張れれば会社の方は何とかなるし、いい生活ができるはず。」
「家族の為にたかが5年捧げたっていいんじゃないの?」
俺は俺なりに真剣に考えてみた。 店のこれからの事だ。
実質的に、現在の売り上げと全ての支出が見合っているか、そして、見合うために何をすべきか。 幾つかの計算をして、数値を割り出す。
それで明らかになった事は、家族が目一杯働かなければならないという事だった。
俺は一週間分のシフトと最低限のパート、アルバイトのリストを作った。
それでも、売り上げが下がり続ければ、今の状況は改善され得ない。
一ヶ月の総売上が400万円を切る中で、返済するべき借入金の額は約150万円。 その時点でもはや成り立たない。
だが俺は、シフトと売り上げの表を提出した。 そして親父たちが大丈夫と言う根拠、つまり建て直しの計画を聞こうと思っていた。
俺が提出した、家族が目一杯入ったシフト。 それを、親父は拒否した。
「俺はこれから手続きやなんやらで忙しくなる。当然取り立て屋も来る。」 「もし店が忙しい時に来られたら誰が対応できるんだ?」
聞きたくない言い訳だった。
いや、それを嘘じゃないと、思い込もうとした。 言い訳なんかじゃ無いんだって。
でも、言い訳にしか聞こえないんだ。 ただ、自分が働きたくないという言い訳・・・。
「そうだ、お前、暇なら今のうちに店に入っておけ。色々変わった部分もあるだろうからな」
真っ黒く塗った木材。 太い柱の隙間から垂れて固まった樹液。 隙間風だらけの店。
入り口には大きな甲冑とケーキのショーケース。 照明は限りなく落されている。 馬車の車輪の照明。 塗装のはげかかったシャンデリア。 テーブルに置かれたステンドグラス。
それらはもはや時代遅れの産物になってしまったのだろうか?
俺はバイトのメンバーを、大勢辞めさせる予定を立てた。 そのせいで、メンバーの一人が、突然仕事に来なくなった。 俺が代わりに出る事になった。
久しぶりに入った店は、変わらずにその時代の空気を残したままの姿だった。
まだメンバーも同じだ。 だが、変わり果てていた。 酷い有様だった。
変化には入った瞬間から気付かされた。 従業員の雰囲気がおかしくなっていた。 はっきりとは解らない。
オーダーが入る。 厨房から出てきた品物。 それを運ぶ。
苦情が来た。 出たものが、ぬるいという。 だが、従業員の表情には反省の色が見えない。
俺は失望した。
なんだ、これは? あれほど俺達が苦労してやっと築いたものが、何一つ残っていなかった。
メニューも全て以前のものに戻されていた。 俺が努力してきた事は何にも残されていなかった。 メニュー、接客、従業員の意識。 その全てがゼロに戻っていた。
珈琲を入れるときに使う薬缶。
その丸いポットの中を覗く。
ポットの底面と側面に小さな気泡がたくさん付き始める。
ふっと、何の前触れもなく空気の塊が現れる。
大きな気泡が一つ、底面から上る。
その動きを確かめるかのように、ゆっくりと。
気泡は水面に来て、割れた。
疑念が生まれ始めた。
俺は本当に必要とされているんだろうか? 俺の力が必要なのだろうか? 本当は金だけが必要なんじゃないのか?
親父も、そして母親も言った。 この年で長時間働くのは無理だって。
でも、そんな事じゃない。 俺が見たいのは、あんたの、あんたらの気持ちなんだよ。
気付くと、水は音を立てて沸騰していた。 ポットの中では数え切れない程の気泡が、生まれては、割れた。
ChaosBoy
テーマは「脱・思考停止」。
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