借金
2004年6月。
父親、母親、姉、俺、統括責任者。 五人が囲んだテーブルの上で、会議は進んでいった。
世代交代というのは実に都合がよくて。 つまり俺が店を継ぐってことなんだけど。 一般的に考えれば、長男の俺が継ぐのは順当だし特に変わった話なんかじゃない。
でも、俺はイヤだった。
店の状況は、俺が一番良く知っていたはずだ。
その席に座ってる誰よりもマトモに取り組んでいたし、なにより目の前でお客さんと触れ合ってた。
従業員の質も知っていた。
これからこの店がどうなるか、殆ど分かるんだ。
何かを決定的に変えなかったら、終わりなんだ。
そして金銭的な問題。
経営者の家族の誰も、給料を貰っていなかった。
俺が貰っていたのは自分の小さなローンの返済分と、月2万円くらいの小遣いだった。
彼女とのデートは、ご飯を食べに行って、終わり。 誕生日プレゼントなんかもろくな物あげていない。 贈り物は気持ちが大切って言うけど、こんな情けないことないよ。 こんな俺の将来はどうなるのか?
無論、店の何かを決定的に変える金なんて、あるはずがない。
こんな事があった。 その前の年の夏。
彼女と一緒に遊んでいた。久しぶりの休みだった。 携帯電話に母親から電話が来た。
「あんたに頼みがあるのよ。」
「なに?」
「消費者金融に行って、お金借りてきて欲しいんだよ。」
イヤだった。 こんな風なのは絶対に嫌だった。
俺が返事をはぐらかそうとしていると、親父が電話に出ていた。母親から奪い取ったんだろう。 物凄い勢いで俺に言った。
「お前は家族が必死にやっている時に何もできないのか!とっとといって借りて来い!」
そんな内容のことを怒鳴っていた。 多分もっと酷い言い方だったな。 俺は本当に驚いたのと、怖かったのを覚えてるから。
彼女とATMみたいのが沢山集まった一角まで行った。 それで店に持ってったよ。 手続きをして50万封筒に入れて。
クソの金だと思った。
でも、そんな事はうちの家族では普通になってきていた。
姉はとっくに400万近く借りていたし、母親も200万くらい。 親父は、店と自宅の借金で大変な状態だった。 俺の名義で借りた金も、その頃には150万くらいになっていた。
つまり、それを跳ね返すだけの”何か”がなかったら、店にも家族にも希望なんてないんだ。
話をしている時、家族が妙に明るくて、自信に満ちていることに気づいた。 気持ちが悪いくらいだった。
「絶対うまくいくから!!」
「サラリーマンなんかになるよりよっぽど楽なのよ!」
「みんなで、がんばってやればやっただけ成果が出るぞ!」
「とにかく大丈夫だから!!!これからみんなで頑張るから!」
「家族でやれば、うまくいくから!!!」
とにかくお前がやりゃあいんだ、そんな感じの説得だった。
俺が返事できないでいると、
「何でこんなイイ話が分からないのかなぁ~!!おまえは~!」
と、笑顔で、半ば呆れた様な素振りまで見せてたな。
でも結局、俺には理解できなかったよ。 精神論のみで、店を建て直せる理由が。 計画もなしに、描こうとしている家族のヴィジョンが。
俺は店をやめる決意をした。
ChaosBoy
テーマは「脱・思考停止」。
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